禅スタイルのお花

4月27日(木)毎月、第4木曜日に 行われている お花のお稽古に参加させて頂きました! 華道とアレンジをミックスしたどんな お部屋にも合うお花のアレンジを学べます^ ^ お花のお稽古、 こちらの状態から始まります。 先生曰く、活け花をするにもお花を飾るにも なかなか良い器が見つからない。 そんな時は器から作ってしまえば いいんです^ ^と。 ベースの土台を覆い隠すように、 ドラセナとという大きな葉を貼っていきます。 両面テープを使ったり、ホチキスを使ったり、、 お子さんもご一緒に楽しめる 楽しいお花のレッスンです(o^^o) 禅スタイルなので、本当はもっと 緑が多い方がいいそうです。笑 継続は力なり。。!頑張ります。 お花のレッスンは事前のご予約が 必要ですので、HP 又は お電話にて ご予約ください。 ¥3,000- (教材費別途) ☎︎03-6883-8623 11:00-18:30

世の殿方、必読ですよ。

国宝とは何物ぞ、宝とは道心なり、道心あるを名付けて国宝となす。 これは天台宗開祖の最澄(767−882)の言葉です。 ものだけが国宝とは限らない。 求道心ある人の心こそが国宝と呼べる。 という解釈だそうですよ。 最澄は12年間比叡山に篭り延暦寺を開いた。 日本における仏教の新しい幕開けである。 19歳で受戒した夏、深い無常観によって天台智顗(テンダチギ)の教えに到達し、160部の著書を残す。 宗教によっていろんな考えがまとまり、政治や人々の心に何かを残すことになります。 そこに墨跡もあり、藝術も庇護され、こんにちに至るものさえあるわけです。 今や、わたくしたちの生活は昔のどんな殿様の生活よりも快適になり、 寒かったらボタン一つで暖房器具に恵まれ、お腹が空いたら24時間コンビニエンスストアなどで手に入るという時代に生まれました。 千利休(センノリキュウ 1522−1591)も 「家は洩らぬほど、腹は飢えぬほどにてたることなり」 とおっしゃっていますが、なかなかそうはいきません。 わたくしの先輩方には素晴らしい方がたくさんいらっしゃいます。 「羨ましいと人から思われたらその時点で悔い改めよ。」 「景気に馴染むことを良しとすること。」 「腹の汚い女になるな。」 ー腹が汚いとは、カバンの表は拭きあげても側面の蛇腹の部分に目が届かぬこと ー腹が汚いとは、靴のつま先は磨いても底面のヒールの内側を磨かぬもの ー腹が汚いとは、面だけを繕っても内面を磨かぬものは、それまでだ。そんな女性になってはならぬ、という意味だそうです。 絵を描くことが好きなわたくしも、化粧は苦手のことの一つです。 しかしパ

「無」

座禅やマインドフルネス、シャヴァーサナなど、瞑想には「無」や「空」という言葉をよく耳にします。 そもそも「無」とは何かなど、誰にも伝えられる事が出来ない超個人的感覚に思えます。 「簡単に無の境地にはたどり着けないのではないか?」 「そもそも無って何?」 「仕事が忙しくて何も考えないなんて無理…」 など、様々なご意見があると思います。 そんな時は… 無になろうとする事をやめましょう。 「無」の反対は「有」 「有」があるからこそ「無」があるのだと思います。 だから「有」を大切に、今の自分の「有」を見つめる。 その見つめた「有」を、自分の中で通過させる。 私の師曰く、「座禅をする時は色んな思いを通り過ぎさせる」 今の自分の考えをただただボンヤリ見ればよいのですね。 溢れ出てくる考えをただ通過させる。 入れないのではなく、入れて通り過ぎるのを傍観する。 そこに有から生まれる無があるのだと思います。 座禅や瞑想には人それぞれのアプローチがありますが、難しいようで実は簡単な「無」へのアプローチがあります。 小苦樂でも6月より座禅のクラスを始めます。 梅雨の時期に、雨音とエリックサティの調べに身を委ね 通り過ぎる自分の大切な「有」を傍観してみませんか。

柔能く剛を制す

4月26日の格言『柔能く剛を制す』 「柔軟性のあるものが、そのしなやかさによって、かえって剛強なものを押さえつける ことが出来るという事。」 だそうです。(nissinkohgyo.com 文引用) この文を読んで頭に思い浮かんだのは、子供が大人が会話をしている図。 「どうしてこれをしなくちゃいけないの?」 「どうしてそれをするのが好きなの?」 子供の素直な、しなやかな考え方によるどうして攻撃の答えに 困るときがあります。 たしかに、「どうしてだろう。」と。 子供と接する機会が多くなり、自然と自分のする行動にしっかりとした 納得のいく理由を考えながら行動するようになりました。 ありがたいです。 しなやかな心と頭から生み出される疑問に、学ばせていただいております。 以前 小苦樂で行われている書道のお稽古、「はじめはいろはから」 という講座を教えてくださっている先生が、こう仰っていました。 「子供は草書を書くのが物凄く上手なんです。 なぜかというと、私たちが小学校で教えられてきた『ひらがな』を 知らないから、こうでなければいけないという概念がないので、 とても美しい、草書を書くことが出来るんですよ。」 と。 私が受講した時は一緒に6歳の女の子も参加しておりましたが、 間違いなく、彼女の書く草書の方が、とめ、はね、はらいの 強弱がしっかりとしておりました。笑 学びに年齢は関係ないですね(*^-^*) 身を乗り出して先生に注目し、質問し、、 あっという間の90分講座でした。 小苦樂で行われている書道のお稽古、「はじめはいろはから」 お子様とも受講可能のレッスンです。 小学校に上がる前の

束の間の娯しみ

ものづくりのお話。 物作りが楽しいのは、「できた」時と、 できるまでの予想ができるからというのも、 一つはあると思います。 しかしながら、自然の成り行き。 想像もつかない状況が起こりうることも「愉しい」のです。 奇跡と呼ぶべきことが、繰り返され、 自然の営みの中に 想像もつかないことが起こることが わたくしに ものづくりをさせる 一つの原因でもあるのです。 男女の関係においても、 想像もつかないことをされて 喜ぶこと、怒ること たくさんあると思います。 それは自分の考えをはるかに超えることが起こり 瞬時に処理できないからなのかもしれません。 ですが、わたくしには それが奇跡! 目の前に起こることが、楽しいのです。 生きてる事実  とも申しましょうか。 何の日でもない日に、突然お花をプレゼントされたり。 自分の知らないところへ連れて行ってもらえたり。 知らないご本を贈られたり。 目の前で感情的になってる人を見かけたり。 何かで 悲しんでいる人。 何を見ても、あー、生きてる。と思うのは 彼の世に近くなってきたせいでしょうか? ピンピン、コロリ! とゆきたいものです。 紙漉き。陶芸。和裁に、絵付け。。。。。 目に見えるものは、作っている間が楽しいのかしら? 使っている間かしら? それとも・・・・?

小苦樂 落語

さかのぼること二ヶ月前、 「子供からおじいちゃんおばあちゃんまで みんなが一つの噺で想像しながら笑える落語をここで出来たらいいね〜。」 なんて話をしていたその数日後、 お店の前で立ち止まって写真を撮っていた 女性に、ちょうどおつかいから帰ってきた 女将が声をかけ、、 いつもの様にお席でお話ししているうちに 落語の話題に。 「実は、、うちの主人が落語家で、、」 とその女性がポツリ。^ ^ えぇーっ!!とスタッフ総鳥肌でございました。 そんな不思議なご縁で、人間国宝である 柳家小さん師匠のお孫さんである 柳家花緑さんの落語会を小苦樂でして 頂けることになり、 その待ちに待った落語会が本日 小苦樂二階にて行われました(o^^o) このめくり台にかけられためくりに 書かれるこの印象的な字体。 隙間なくお客様が埋まる様にと 願いを込めて 大きく隙間なく、書かれているそうです。 その他にも開演時の太鼓は ドンドンドントコイ、 「どんと来いどんと来い」と叩き、 閉園時はデケデケデケデケデケ 「出てけ出てけ出てけ」 と叩かれる。などなど、、 私は恥ずかしながら初めて知る知識ばかり でしたが、 花緑さんを題材として書かれている 『やさしい落語』という本、すごく 面白く、わかりやすく、オススメです。 映画を観にいく様に、ふらっと寄席を観に行く、 なんて素敵ですね^ ^ 中でも、印象に残っているのは 「親子酒」というお噺。 お酒の大好きな親子が、子供の将来を思い 禁酒を決意し二人で禁酒をし始めるのですが、、 このお噺は特に 二階が爆笑で包まれておりました^ ^ 想像力も鍛えられ、笑って腹筋も鍛えられ

白黒つけなくちゃダメかしら?

今日で2017年に入って111日目。ゾロ目ですね。 日も長くなってみりました。 先日 目白駅横の椿ホールで行われておりました、骨董市に行ってまいりました。 骨頭が好きなわけではありませんし わたくし自身、見る目もなく、学もなく。 ただ眺めては、お店の方のお話をお聞きして、お勉強させていただくというその繰り返しでございます。 最近は お店の小さな中庭の土いじりが楽しくて、ついつい 咲いているお花に目がいってしまいます。 お花屋さんに売っているようなまっすぐなお花よりも そことなく曲がっていて、虫に食われているようなそんなお花が好きで、。。 都内にはそれを探すには、努力を要しますが、目白にはそんなところがまだまだ残っております。 この歳にして、野花に再発見することが多く、 見立てで、何もかも済ませてしまいます。 それが良いか否か、ではなく。 楽しみとして、愉しむ。 正解か、不正解か、 大多数か、少数か、 それも大事なことですが。 そうでないこともたまには、いいのではないでしょうか? こうでなければならない!! 事柄が多いこのご時世に、 こうでなくてもいいんじゃなーい? という、ほんわかしてたい わたくしでございます。

お腹が空いたら...

みなさんはお腹が空いたらどうしますか? 当然ながら、ご飯を食べる 自分で作る人もいれば お気に入りの飲食店を予約をする人 間食ですませ、家族との食事を楽しみに時間を合わせる人 手軽に近くのコンビニエンスストアに飛び込む人 色々と いらっしゃると思います ところが、数年前に聞いたお話に、お腹だけでなく、心も満たす気持ちになったお言葉がありました それは私が尊敬する人が、尊敬されている鶴のようなお方のお話でした その方、曰く 「お腹が空いたら美術館に行く、良いものを見るとお腹がいっぱいになるから」 このお言葉には日本人にとってとても大切な多くの事が詰まっていると思います お腹が空いたら、自分の欲求に任せ空腹を満たす。 動物にとって空腹を満たすということは本能でもあり、食べなければ死活問題になる事ですが、人間は動物ではなく人間としてどう生きるか、という「粋」な部分がこのお方の言葉には詰まっていると思います 「武士は食わねど高楊枝」 やせ我慢ではなく、自分を律する心を養う。 日本人の美徳ですね そして、ある事に集中する事で欲求すら超越する事が人はできるという事 みなさんも好きな事に没頭し、食べる事すら忘れてしまった経験があるのではないでしょうか? そんな時間はとても満たされている時間という事 人生の中の数少ない、素晴らしい時間です 何よりも、ただ欲に任せ捕食をするよりも、美や教養、探究心でそれを満たせる術を 持っているという事 それに気付けるか、気付けないかで、人生は大きく変わる気がします まだお会いしたことがないのですが、このお方は、ご自身で染めた布を纏い 国宝級のシルバーを身につけ

週末はあんみつ片手に、、

こんばんは。 今日もまた昼間は日差しが強く 暑い一日でしたね。 そんな中女将が、前使っていた看板を解体し、 テイクアウトコーナーを設置しましたよ^ ^ まだ、開始日は未定ですが どんどん暖かくなっていくこれからの季節、 冷たいあんみつをテイクアウトして 木陰で涼しく、、お家でゆっくり、、 なんていかがでしょうか?(o^^o) お店の中でしか食べられない商品も 多数ございますので、時間に余裕のある時は 店内でぜひゆっくりくつろいでいってくださいね。 明日も笑顔でお待ちいたしております。

虹始見

今日も昨日から雨の恩恵に預かっておりますね。 しかし、もうお天気、というよりも暑い。 昔雨が嫌いだったわたくしは、どうしたら雨が楽しみになるか考えました。 フランスのパリに老舗の古い傘屋さんがあります。 パリを訪れる度に一本ずつ布を選び、レースを選び、柄を選び。 作っていただく。 今もやっているのかしら? 昔は手作りの工房でお店の隣にあって、滞在中に仕上げてくれたものです。 サンジェルマンデプレあたりでしたっけ? その傘をさす喜びと、楽しみで雨の日を待ちわびました。 今も何十年か前の傘を大事に楽しみながら使っております。 使い捨て、ファーストファッションの横行する中。 こんな楽しみ方もいかがでしょうか? 梅雨時に入りますと、『サティーと座禅』という講座を始めます。 雨にしっとりと沿う 音霊と、心鎮めて自分と向き合い、そして無になる。 自然の奏でる音楽は、動物にも響くものです。 七十二候 今日は、虹始見(にじはじめてあらわる)。 雨の後に虹が出始める、という日です。 自然の中のプリズムを感じてみてください。 雨が降るから虹も出るのです。 止まない雨がないように、 あなたのお心にも きっと虹がさしますよ^0^¥

まだ見ぬ誰かを思いながら

今日も朝から暖かく、最近の朝のお掃除は 廊下のガラス戸を全開にして そよそよと風を感じながらお掃除をします。 上から下へと順に高さを変えながら掃除をし、拭き掃除をし、 中庭の落ち葉を手で広い集めていると ピンクの花びらがちらほらと。 桜は自分の最後の散り際の美しさで人の心を魅了すると、 そう書かれた先日の記事を思い出しながら、 いつ、どの様に散るかまで咲いた時から 決まっているとしたら、 自分が今この桜の最後を見ているのが なんたが素敵な事に感じたり。 黙々と掃除をしていると、普段思わない事が ふっと頭に浮かんだりします。 毎日同じ事をしていると、それが あたりまえの動作になり、雑になったり 目を向けなくなったり、つい他の大切な部分を見落としてしまう事がよくあります。 けれど、 ここに足を運んでくださる方が どんなものが好きで、どんな事が好きかで 小苦樂の風景の見え方も違うのだろうなと 想うと、毎日の掃除も楽しくなります。 まだ見ぬ誰かを思いながら せっせと床を磨き、落ち葉を広い、花を飾り、、 まさに、小さな苦労を楽しむ。ですね。 角は丸く拭かない、四角くね! 畳の掃除は水を吸わせた後によく絞った 新聞紙でね! 6歳の小さな丁稚奉公と、 21歳の大きな丁稚奉公のいる 小苦樂ですが、きっと何歳でも日々学ぶ事だらけの素晴らしい場所だと思います。 みなさま、 今日もありがとうございました^ ^ また明日も、笑顔でお待ちいたしております。

お手紙、遺言、書き記す。

春うららかな陽気に誘われ、今日は目白庭園に行って見ました。 真っ黒なオタマジャクシさん 元気よく泳いでいましたが、 先週も見ましたが足がまだ生えてこない。 遺伝子にしか見えませんでしたが。 遺伝子、受け継ぐ、伝える。。。。 いつ終えるか。。。。 はい。 わたくしは、12月31日大晦日の日に 毎年遺言を書き直しています。 まず身を清め 香を焚き、 写経をし、 そこから来年に向けての遺言を。 何を書いているかと申しますと、 財産や資産価値のあるものなど持っておりませんので、 身支度と言いいますか、立つ鳥跡を濁さず。 といったところでしょうか。 書き終え、封をしたら、 前年度のものを開封し、 あーこう思っていたのか、去年は、と。振り返るのですよ。 そして書き足したことと、 書かなかったことと、 読み比べ、 来たる明日に思うのです。 こうすることで、身支度と今世を終え、 残された方々にご迷惑をおかけせずにささっと、旅立てる。 どこで終わっても、 後悔のない、 そして笑ってありがとうと言える。 何より、生きてゆく覚悟のようなものを 節目節目で思うことができます。 よかったら、皆様もおためしください。 今年もあと262日、(71、8%)ですよ。

日々是好日

今年も桜の散る季節、みなさんはどのような場所とタイミングで桜見をしましたでしょうか? 小苦樂のある目白にも色々な所に桜があり、大きな公園や桜の名所だけではなく 路地裏の一角にも、素晴らしい桜がある事を、今年は知りました。 日本人が古来から愛して止まない、「桜」と「花見」 よく花見を 「お酒を飲むための口実だよ」 「他にも花は沢山あるのになぜ桜だけ?」 などと言うクールな方もいますが そんな方も一人でいる時は、満開の桜を見てその美しさに 実は圧倒されているのではないかと思ったりします。 桜の花の色には、言葉で言い表せない独特の味わいがあります。 染織りの重要無形文化財(人間国宝)の志村ふくみさんも仰っていました 「長いこと草木から色をいただき染めをしておりますが、桜の色だけは 何年かかっても出せない」と... 日本人は古来からそんな桜が好きで、特に満開に咲き誇る桜の木の下にいるときは まさに至福を感じます。 また、強い風が吹いてきて、桜の花びらが乱れ散る中にいるときは 自分が生きていることを如実に感じる。 散っていく花は自らが死に行く様のいさぎよさを身をもって見せてくれている。 惜しげもなく身を捨てているが 自分が犠牲になって人々に喜びを与えているという思いはない。 自然の大きな流れに従っていると言わんばかりに、淡々として散っていく。 桜の花は萎れて弱っていくところを見せず、さっと散っていく。 そのさっぱりとした未練のないところが、古来、日本人が理想とする 「生き方」「死に方」の見本となっていた理由なのかもしれません。 桜の花に限らず、花は萎れたり散ったりするからこそ、咲

小苦樂のお抹茶

みなさまこんばんは。 昨日の雨模様な一日とは打って変わって、今日は最高気温19度と ポカポカ陽気、半袖でもいいくらいの温かい気持ちの良い一日でしたね。 そんな今日のブログ記事は若女将が担当させていただきます(*^^*) 『若女将』と言うと聞こえはいいですが、まだまだ21歳のひよっこでございます。 何も分からないからこそ、へぇ~!面白い!と感じた日本文化の事や、 女将やお客様から学んだこと、小苦樂での日々の出来事な をここに記していけたらと思います。 と、真剣に記事を書いていたにも関わらず、 女将に余った白玉を満面の笑みで口に詰め込まれました。 毎朝手作りのぷりぷり白玉、美味しいですよ(*^^*) 白玉と言えば小苦樂の人気メニューの抹茶白玉ぜんざい! 一杯一杯お抹茶を点ててお出ししております。 小苦樂に携わるまでは茶道など全く触れることのなかったわたしですが 今ではお客様に合わせて抹茶椀を選びながらお茶をたてるのが ひそかな楽しみです^^ 作法は後から出来た物であり、一番大切なことは心を込めてたてること。茶筅で心という字を書くようにお茶をたてるというのが女将からの教えです。 小苦樂に来たら中庭を見ながら 皆さまのご来店お待ちいたしております(*^-^*) 若女将ちゃんより

言葉のお稽古は脳のトレーニング

今日は爪先がしみるほどの雨が降っていますね。 気温も寒くてあったかーい おぜんざい日和です。 さらに 大安^0^¥ 小豆も縁起よし 今日は先日、小苦樂にてお教室を開催してくださっている、 中川實千枝先生の お講座にしばしお邪魔させていただいた時のことをお話しいたします。 この三十一文字のを聞いて皆様は何を想像なさいます? ”きみがゆく みちのながてを くりたたね やきほろぼさむ あめのひもがも” ??? ながて。 くりたたね??? ひもがも?ー0ー? 想像、妄想はできますか? 何事も観察力とインスピレーションがだいじなのですよ。 わたくしの妄想は、 我が国の家臣が、戦地に赴くその道すがら、天(権力や行政の力)も、矢も敵も全て焼き尽くして守ってみせる。 と。女子力講座のかけらもない妄想。 正解は、 ”愛しい貴方様がゆく道を 手繰り寄せ 折り畳んで 焼き尽くしてしまいたい” 悲恋の恋の激情を歌ったのです。 愛し合う二人が引き裂かれてゆく ありの〜ままの〜 ノンフィクションのやり取りを 万葉集は六十三通もの悲歌を採取し 公然と収録しました。 日本語には現代では使わない表現と、知らない言葉がたくさん眠っています。 海外の言語をいくつも話せるとこは、遅あない時の出征の環境に強く影響され、それを持って天才というのは甚だ疑問である。 と、 ドナルド・キーン『二つの母国に生きて』にありました。 ⬆️ これは、オススメですよ。 日本の文化を見つめ直し、言葉を選ぶこと。 とても美しい、人間らしさです。 お口にはとてもインテリジェンスが必要なのですよ。 ”貴方の体はここから入るものでしか 構築されな

大仏様、今日も奈良から見ているのですね」

今日は、大仏の日。 奈良の大仏様がこの日にできたことを記念するもの。 大仏様の高さは16メートル。 752年。 聖武天皇と光明皇后の時代に当時の粋を極め作られた金剛仏です。 大仏の納められている大仏殿は世界最大の木造建築仏です。 以前、奈良を訪れた時、 対物様の鼻の穴と同じ大きさの穴を通り抜けると 賢くなると言われ、 大人気なくも(笑)挑戦しました、 目はから鼻に抜けがいい、 スーッと理解力がある、 という意味なのだそうです。 もはや、初老扱いのわたくしですが、、 物忘れ、ぎっくり腰、聞こえづらい、おまけに老眼、、、、 言い尽くせない、便利な機能が備わって来ました。^0^ これは幸せなことで、 人間に備わっている、もっとも幸いなことの一つで。 死ぬことができる。 忘れることができる。 この魂の入れ物である肉体の許容年数と機能の消耗具合と。 そして嫌なことも、悲しいことも忘れ去ることができる。 そんなギフトを賜っているのですね。ー^0^¥ さて、今日も楽しもうっと。 久しぶりに、奈良に行ってこようかしら。。。 女将ちゃん より

「義を見てせざるは勇無きなり」

七十二候では、玄鳥至(つばめきたる) つばめが南からやってくる。という季節だそうです。 確かに桜は舞い始め、柳の緑に目が移りそうな気も致します。 今日は曇ったり小雨が降ったり。 庭仕事にはうってつけの日で、(私は日焼けできないので)ノコギリと軍手でギコギコしましたよ。 中庭に苔を・・・この思いを叶えるべく 少し日当たりと風通しをよく致しました。 さて、本日のお題の論語より出典のこのお言葉は、 人として当然行うことと知りながら、実行しないのは勇気がないからである。 という、意味だそうです。 私はこの言葉を結構子育てで使います。 「義を見てせざるは?」 「ユーーーなきナリーーーーー!!」 意味はなんとなく知ってますが、思いっきり大声でこたえてきます。 合言葉のように。^0^ 論語も楽しく、合言葉として、日常使い。いかがでしょう? しかし! 大事なことは言葉に文化が宿るということです。 言葉には、魂が宿るという。言霊という言葉があるように。 きっとその子は褒めたように育ち、 楽しんだことを覚え、 叱られたことは忘れてゆくものなのです。 褒めて、楽しく、そして古典をしっかり叩き込む。 あっ!! これ小苦樂のレッスンと同じです、ビックリ! 今月のお勧め、書道の講座が15日土曜ー14:00時からございます。 ホームページをチェックして見てください。 kokura-bluecampjapan.com 女将ちゃん より。

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