義眼の毛玉


生まれた時は見えていた、

白内障、緑内障。結局盲目となった。

初めは見えないことに怯えていた。

でも初めから見えてなかったら怯えることも怖がることもなかったのだろうか?

人は与えられていることに気づく機会は少ない。

中村天風の著書に、「初めからこうだと思えば、なんてことないだろう」とあった。

いつ何時、何が起ころうとも。

そう思うことにしよう。

このあったかい毛玉^0^